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民進党\(^o^)/オワタ 帝国議会のデジャビュ

   

民進党\(^o^)/オワタ

民進党なくなっちゃいますね。実はちょうど今月に党費6,000円を納めたばかりでした。

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今は福島ですが、所属は東京1区支部のままです。そろそろ移さなきゃと思っていました。「民進党はいま逆風だけどリベラル再結集と多元的価値観の共生社会を目指して頑張れ〜!」と思って私の誕生日の9月11日に支払いました。

1党員の6,000円なんて党からすれば紙くず同然だと思いますが、私も生活がまだまだ大変な中で切なる願いを込めてお金を払いました。まあ、民進党を信じた私が頭の弱い子だったのだと思いますが、ちょっと残念です…。

この政治状況って何か既視感があるなと思いながら見ていたのですが、戦前の帝国議会とかなり似ていると思います。そんなわけで今夜は帝国議会の二大政党の話を。

帝国議会の二大政党

近衛新体制で大政翼賛会が成立するまで、帝国議会は二大政党制でした。立憲政友会と立憲民政党です。

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(1937年の衆議院選挙の獲得議席)

戦前の政党政治も複雑ですが、大きく言って立憲政友会は現在の自民党に近いポジションで、立憲民政党は民進党に近いポジションです。

立憲政友会

立憲政友会は伊藤博文が組織した政党です。地方の地主が主な支持基盤でした。戦前の日本の政党政治において多数の総理大臣を輩出し、何度か深刻な内部分裂や派閥争いに見舞われながらも第一党であり続けた期間の長い政党です。総裁の権限が非常に強い党でもありました。政策は保守寄りであり、財政は積極財政支持でした。外交は強硬外交を主軸としています。近衛新体制が生まれると大政翼賛会に吸収されました。

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(地方分権を訴える立憲政友会のポスター)

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(第1回普通選挙での立憲政友会のポスター。経済振興・税制改革・地方分権)

立憲民政党

一方の立憲民政党は、立憲政友会に対抗できる政治勢力を目指して桂太郎総理が結成した立憲同志会が起源です。桂太郎は結党2ヶ月で病死。他党からの入党者もふるわず、立憲政友会と対立している他の政党と合併して党名を憲政会に変更しました。憲政会は都市中間層の支持を獲得して勢力を伸ばし、普通選挙権の実現や労働組合の公認など自由主義的な政策を推進しました。しかし昭和恐慌の経済危機によって政権を失い、他の政党と合併して立憲民政党になりました。政策は革新寄りであり、財政は緊縮財政支持でした。外交は協調外交を主軸としています。近衛新体制が成立すると離党者が相次ぎ、大政翼賛会に吸収されました。

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(緊縮財政を訴える立憲民政党のポスター)

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(立憲民政党の機関誌)

アウフヘーベン 希望としての昭和維新・大政翼賛会

立憲政友会と立憲民政党には大きな理念の違いはなく、双方の政党が帝国議会で政治的駆け引きを繰り返すことにより昭和恐慌以降の経済は停滞しました。経済危機と政治腐敗の中で昭和維新論が台頭して政党政治は終焉し、昭和維新を唱える勢力が粛清された後は近衛新体制そして大政翼賛会が生まれることになりました。

立命館大学の林尚之氏(憲政史)は、戦時国体論のなかの憲法制定権力と改憲思想の中で当時の政治状況を次のように書いています。

天皇機関説事件、二・二六事件は、多元的な官僚機構を統合する内閣の執行権を機能不全に陥らせていた。それは政党という内閣に権力を結集させる媒介装置を失ったがゆえの当然の結果であったが、そもそも政党内閣制が崩壊したのは、多元的な官僚機構を統合する統治能力を政党が持ち合わせていなかったからである。

政党内閣が実質的に作動するには、二大政党制の定着が不可欠であった。しかし、政党内閣期において、権力交代の主戦場が帝国議会に移行したことで、立憲政友会と憲政会(後の立憲民政党)といった二大政党による対立・相克は、国体の政治利用や政治腐敗を招き、結果的に軍部や革新官僚といった非選出的勢力の台頭をもたらした。さらに、天皇機関説事件後の国体論の氾濫は、天皇大権を代位する実質的な統治主体の創出を妨げることになり、かつてないほどの権力分裂を招いた。そのような危機的状況を打開するために起こったのが近衛新体制運動にみられる一国一党体制確立などの政治動向である。

二大政党制が機能しない以上、天皇大権を代位する実質的統治者を創成するために、二大政党制を止揚してこれまでにない強力な巨大政党を確立し、その政治力によって権力統合を断行する方向にむかうのは必然であった。(戦時国体論のなかの憲法制定権力と改憲思想

「止揚」とはアウフヘーベンの和訳語です。二大政党制の相克をアウフヘーベンするものとして、なし崩し的に巨大政党の設立が求められたのでした。

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(1942年 太平洋戦争中に行われた衆議院選挙の獲得議席)

世の中にアウフヘーベンで解決することは多くはない

議会政治が腐敗しきって無力になっている時に、力強く矛盾の解消を訴える政治家の姿は勇ましく見えるものです。

でも、世の中にアウフヘーベンできる事ってそんなに多くないと思うのです。性急すぎるアウフヘーベンは何かを解決するように見えて虚無しか生みません。近衛新体制に飛びつくようなものですね。その辺はヘーゲル先生も見落としていたことだと思うのです。

そんなわけで私は希望の党を支持していません。大義なき解散を批判しながら、大義なき野合を断行しようとしている前原さんも。同じ穴のムジナで虚無しか生まないと思っています。大切なのは複雑な問題を1つ1つ対話によって合意を形成していく地道な努力の中にしか無いでしょう。

6,000円払ったことをちょっと後悔した日に。

追記:民進党へのかつての思い

「民進党は頼りなかった」という声について、私が「市民が政党に参加しなければ政党が勝手に良くなる日は来ない」という記事で書いた民進党への思いを転載します。ご笑覧ください。

民進党は多元的価値観の共生社会を目指している。これは社会的弱者やマイノリティも含めて対話によって少しずつ合意を形成していくものであり、強力なリーダーシップで団結して政治を運営していく方向とは別なベクトルであると思う。民進党がこのような理想を実現できているとは全く思っていないし、困難な道であることに違いはない。その偽善性や虚構性をあざ笑う人々もいる。しかし、私はその方向性に惹かれるものがあって、自分もそのような世の中を手助けしていきたいと党員になる道を選んだ。

民主党・民進党には何度もその期待を裏切られてきた。自民党以上にずっと…。でもそれでも傍観者ではなく主体的にみんなが参加していかなければ変わらないと思って、今も党員を続けている。自民党に対抗できるマクロ経済政策を立てて、スキャンダルだけではなく経済政策においても自民党と代案でもって議論できる政党として再生することを願っている。それは多元的価値観の共生社会を築くことにも繋がってくると信じている。

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民進党のロゴよりも旧民主党のロゴの方が好きだった。民主党のロゴは2つの円が結びついていて、上は丸い円だが、下はでこぼこした円になっている。これは世の中には1つとして同じものが無いことを表している。みんな人それぞれ価値観が違う。価値観が違う人々が結びついて社会ができている。頭の中がお花畑と批判されそうだけど、そんな違う価値観の人々を尊重しながら共生社会を築いていければと思っている。

帝国議会 〈戦前民主主義〉の五七年 (講談社選書メチエ)

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