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市民が政党に参加しなければ政党が勝手に良くなる日は来ない

   

民進党は解党するべきではない

読む国会さんが「民進党は絶対に解党すべきではない」という記事を書いていた。この記事には賛成の部分と反対の部分があるけど、政党の重要性について書いてみる。民進党員の1人でもありバイアスがあること認めなければいけないので、民進党工作員の稚拙なプロパガンダとして読んで頂ければと思う。

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民主主義でやれば、かならず政党というものができるのです。また、政党がいるのです。…ドイツやイタリアでは政党をむりに一つにまとめてしまい、また日本でも、政党をやめてしまったことがありました。その結果はどうなりましたか。國民の意見が自由にきかれなくなって、個人の権利がふみにじられ、とう/\おそろしい戰爭をはじめるようになったではありませんか。
(文部省 あたらしい憲法のはなし)

政党が勝手に良くなる日は来ない

「自民も民進もクソだわ」などのように既存政党へ絶望感を抱いた人々の声はネットで毎日見掛ける。私もクソだと思う。でも汚物は撒き散らしていたらずっと汚物のままだ。誰かが消毒して後片付けしなければいけない。そしてその消毒のためには大勢の人々が政党に参加しなければいけない。

いつか改革政党やニューリーダーが現れて何もかも新しく変えてくれるまで様子を見ている人達も多い。無党派層の多くは政党に絶望したかこの時を待っている人々だろう。しかし、誰かがまず政党に参加して人々の意見を届けなければそのような改革の機運は生まれない。

誰もが政党が勝手に良くなる日を待っていたら、そんな日は永遠に来ない。今の政治の迷走はフリーライダーがあまりに増えすぎてしまっていることも大きな要因の一つだろう。誰かが参加して良くしようと努力する必要がある。

ゾンビ状態でなお生き続ける政党

残念ながら支持を失った政党でも消滅することなくゾンビ状態で生き続けることができる。魅力を失った政党でも毎回必ず支援してくれる企業・労組・宗教などの特定団体が存在する。投票率35%くらいの選挙ではこのような団体をどれくらい支持固めできたかが勝敗を握る。低投票率ではこれらの団体の発言権が非常に強い。

民進党も例外ではない。民進党は民主党政権時代の失政や原発事故の隠蔽や経済政策に暗愚であるために無党派層からの広範な支持を失った。しかし、民進党には労組や宗教団体の支援がある。連合は組織率が落ちたとはいえ巨大な組織だ。私も選挙事務所で労組の組合員が「ボランティア」という名で動員が掛けられて実質的な無償労働に従事する光景を多数見てきた。宗教の信徒も過酷な仕事を遂行してくれる。

人気を失った政党でもこれらの支持団体が固められればある程度の票は集められる。そしてそのような状態で存続している以上は、支持団体の声は無党派層よりもプライオリティは高いのである。民進党が壊滅状態にありながらもある程度の議席を獲得でき、党を再生する機運がなかなか起きないのはこの辺の要因が大きい。既存の雇用の維持が先行して経済政策に強くなれない体質が生まれている。自民党のマクロ経済政策がクソであることをアピールするだけでは支持は生まれることはないだろう。それが民進党の支持率にも表れている。

民進党の党員数は約24万人と言われているが実際はそんなにいない。支持団体の構成員や何らかのしがらみで党員に名前を貸している人も多い。もし選挙事務所を手伝いに行ったら、純粋な市民の党員で手伝いに来ている人があまりに少ないことに驚くだろう。国政選挙でもそのようなボランティアが数人しかいない事もある。党員数が少ないので民進党では党員の声もあまり重視されていないのだ。数の力は恐ろしい。

自民党でも共産党でもいい 政治参加を

政党をよくしていくためには誰かが何らかの政党の党員になって良くしていく必要がある。それは自民党でも共産党でも、公明党・維新の会・何とかファーストの会でもいい。自民党や共産党の方が優れている政策や人材は多数存在する。団体に関係なく主体的に参加する市民が多くなればなるほど、その多様な声が政党に反映されていき政党の改革も進むだろう。

日本社会だと政党の党員を「主義者」「主張する人」「偏った人」というステレオタイプで蔑視するまなざしも存在する。このようなまなざしが存在する中ではなかなか人々は自発的に政党に入ろうとはしない。まなざしも変えていくことが必要だと思う。もし社会から政党がなくなったら意見集約もできなくなるし、議会での意思決定も困難になる。直接民主制を現代の技術で実現する目処はまだ立っていない。

現代の議会制民主主義は主体的に政治参加していく個人の存在を前提にしており、政治参加が生まれなくなると民主主義は危機に直面する。アジテーターが勇ましく既存システムを破壊する声を上げて局所的な支持を獲得することはあるかもしれないが、そのような短期的で熟慮を生まない民主主義は全てを破壊して終わるだけだ。過去の悲劇の歴史から恒常的な政治参加が必要とされていることがわかる。 投票日に一票を投じるだけでは4年間奴隷となり期待を裏切られ続けるだけである。

「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気でいる多くの人々の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。 「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである。
(伊丹万作「戦争責任者の問題」)

民進党が消滅した後に自分が新しい政党をつくったりそれに協力する気が無いならば、代案なく批判している野党と同じではないだろうか。

最後に 民進党について

民進党は多元的価値観の共生社会を目指している。これは社会的弱者やマイノリティも含めて対話によって少しずつ合意を形成していくものであり、強力なリーダーシップで団結して政治を運営していく方向とは別なベクトルであると思う。民進党がこのような理想を実現できているとは全く思っていないし、困難な道であることに違いはない。その偽善性や虚構性をあざ笑う人々もいる。しかし、私はその方向性に惹かれるものがあって、自分もそのような世の中を手助けしていきたいと党員になる道を選んだ。

民主党・民進党には何度もその期待を裏切られてきた。自民党以上にずっと…。でもそれでも傍観者ではなく主体的にみんなが参加していかなければ変わらないと思って、今も党員を続けている。自民党に対抗できるマクロ経済政策を立てて、スキャンダルだけではなく経済政策においても自民党と代案でもって議論できる政党として再生することを願っている。それは多元的価値観の共生社会を築くことにも繋がってくると信じている。

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民進党のロゴよりも旧民主党のロゴの方が好きだった。民主党のロゴは2つの円が結びついていて、上は丸い円だが、下はでこぼこした円になっている。これは世の中には1つとして同じものが無いことを表している。みんな人それぞれ価値観が違う。価値観が違う人々が結びついて社会ができている。頭の中がお花畑と批判されそうだけど、そんな違う価値観の人々を尊重しながら共生社会を築いていければと思っている。

政権交代 - 民主党政権とは何であったのか (中公新書)

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