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Flashと愛国 ー00年代ネット文化史ー

   

00年代前半はFlashの時代

この2つの増田記事を読んで00年代前半のネットを思い出した。

anond.hatelabo.jp

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最近00年代前半はテキストサイト全盛期と呼ばれることが多いけど、それはあまり正確では無くテキストサイト以外にFlashも全盛期だった。

Flash技術の発展

90年代から既に一部のサイトではMacromedia社のFlashは使われていたが、日本で本格的に使われ始めたのは1999年7月20日のFlash4発売以降だったと思う。Flash4でMP3が再生できるようになり、Quick Timeムービーもストリーミングすることが可能となった。

そして2000年10月13日のFlash5によってActionScriptを使うことが出来るようになり、一気に表現の自由度が広がった。私も当時Flash5を購入したのを憶えている。Macromedia社時代のFlashは3万9,800円と安くはないが、Adobeに買収された後に比べると大分良心的な価格で購入することができた。

あまねくWebサイトをFlashが席巻した時代

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(インターネット博覧会「インパク」トップページ)

00年代前半はあまねく色々なWebサイトのトップページにFlashが使われた。2000年に公開されたインターネット博覧会(インパク)のトップページもFlashだったし、企業サイトでも個人サイトでもFlashが使われた。広告もFlash広告が登場した。当時のWebデザイン関係の雑誌でもFlash特集のページが非常に多く、いかに先進的なFlashデザインを創るかが競われていた。Web制作会社でもHTMLやCSSができる人よりもFlashが使える人(Flasher)の方が引っ張りだこだった。

00年代前半はInternet Explorerがブラウザシェアの90%以上を占め、ブラウザの互換性とは主にIEのバージョンの違いへの対応を指すことが多かった。競争に敗れたNetscapeのソースコードがオープンソース化されMozillaが誕生して私も使っていたが、大きなブラウザシェアは獲得できなかった。JavaScriptはWebサイトのちょっとしたギミックに使われることが多かったが、ブラウザで開くと重くFlashに比べると出来ることも限られているとされていたため可能な限り使用しないことが望ましいとされていた。

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個人サイトの中からMAD系のFlashが誕生した。有名なのでは「DoooRaeMoooooooooon」のMAD Flashが挙げられるだろう。いわゆる空耳だが、リズミカルなテンポに合わせて動くアニメーションが多くの人を魅了した。00年代前半はこのようなFlashが数多く作られ、主に2ちゃんねるを中心に広まっていった。

彗星の如く現れた( ゚∀゚)ノィピョ―ゥ氏

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00年代のFlashの歴史は( ゚∀゚)ノィピョ―ゥ氏の存在抜きには語れない。( ゚∀゚)ノィピョ―ゥ氏は2002年の第一回2ch全板トーナメントが開催される際、2ちゃんねる極東板に彗星の如く現れ、トーナメントにおける極東板の宣伝のために「ニュース極東板プロモーションFLASH(狼)(羊)」というFlashを作成した。

( ゚∀゚)ノィピョ―ゥ氏はこのFlashの中で自由やアイデンティティ喪失を問題にし、サッカーのワールドカップを例に挙げながら日本が1つにまとまった時の高揚をアピールした。そして平成不況にあえぐ日本の打開策として明治の元勲達のような国を愛する精神が必要だというFlashを制作した。このFlashは後にネトウヨと呼ばれる潜在層が多かった極東版だけではなく閲覧した人から広範に称賛された。

ネット保守層と小林よしのりの系譜

元々パソコン通信の頃からネットは保守派が強かった。NIFTY-Serveや草の根BBSにはいわゆる軍オタがいて彼らが安全保障関連の議論をリードしていた。彼らの中には少数のリベラルもいたが多くは保守であった。筑紫哲也もNIFTY-Serveの会議室でコテハンを持って参加して集中砲火を浴びて退散した。筑紫哲也は1997年の東芝クレーマー問題でインターネットを「便所の落書きに近いもの」と酷評した。

パソコン通信の頃から連綿と続くネット保守層の系譜は、小林よしのりの『戦争論』を機会に層が拡大する。軍オタや元々の保守層だけに限らず、10代や20代の一般人が漫画で保守の歴史修正主義に触れて感化され、その主張をネット上でも広めたり議論をするようになった。2ちゃんねるにも専用板がつくられた。このネット保守層は00年代のFlashブームによって音楽や動画などの媒体を手に入れ大きな拡散力を持つことになる。

当時はまだネット保守層と小林よしのりの作品が蜜月関係であった。

「かく戦えり●近代日本」の衝撃

( ゚∀゚)ノィピョ―ゥ氏は極東版の宣伝のために作ったFlashは大きな反響を呼んだが、まだごく少数の人々の間で共有されるにすぎなかった。しかし、その後( ゚∀゚)ノィピョ―ゥ氏は2002年8月15日に「かく戦えり●近代日本」というFlashを公開した。これが爆発的流行を生むことになる。

このFlashでは小林よしのりの『戦争論』のコマをビジュアルに使いながら、アニソンであった「戦士よ、起ち上がれ!」の音楽を流して愛国心を鼓舞した。大東亜戦争は欧米列強に支配されていた植民地の解放し帝国主義を終焉させた戦争であり、日露戦争におけるバルチック艦隊の撃破のような明治から連綿と続く日本人の戦士としての心を覚醒させるように訴えた。そして英霊や靖国を敬うように結んでいる。

www.youtube.com

勇ましい音楽、漫画のコマを多用したアニメーションを効果的に使ったこのFlashの影響は大きかった。今まで一部のネットユーザーのコンテンツだった愛国が、Flashを通じて拡散していく過程を目の当たりにすることになった。保守層はこのような先進的なメディアを活用することに敏感であり長けていた。

( ゚∀゚)ノィピョ―ゥ氏はその後、パール判事を用いた東京裁判批判やGHQによる戦後民主主義の呪縛を問題視する愛国Flashを作成してこれもヒットしている。

00年代前半、人々はFlashを通じて歴史を学んだ

それに前後して無数の歴史系Flashが様々な個人サイトで制作された。歴史系Flashは多くの場合テーマは戦争だった。「日論戦争」「太平洋戦争」「アヘン戦争」「朝鮮戦争」など戦史を解説するFlashが多数制作され、ネットで歴史を学ぶならばFlashが最適とされた時代だった。

勇ましい音楽や悲痛な音楽が使われ、各戦闘や会戦の図上アニメーションが表示されて戦局が解説された。これにより歴史に詳しくなかった人々や歴史に関心を持たなかった人々もFlashを通じて歴史情報に触れることになった。その中には戦争の犠牲者を英霊として神聖化し、日本の戦争目的の正当性を主張する愛国系Flashも多数入り込んでいた。

そしてネトウヨのキャズム越えへ

この00年代前半の歴史Flash全盛によって培われた愛国心の鼓舞はネトウヨの萌芽となっていった。それが00年代におけるネトウヨのキャズム越えを支える大きな原動力となった歴史は忘れてはならない。

明と暗があるがネット文化史の1つの重要な転換点であったと思う。

ネットと愛国 (講談社+α文庫)

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