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はてな村定点観測所

運動、瞑想、睡眠、野菜350g

避難指示が解除された浪江町に行って写真を撮ってきた

浪江町に電車で行ってきた

日曜日の今日は、3月31日に避難指示が解除された浪江町まで電車で行ってきました。

常磐線も浪江駅までのルートが復旧しましたが、南相馬の原ノ町駅から浪江駅までの2両編成の電車に乗っていた乗客は私1人だけでした。

徒歩で浪江町の中心街を歩いて写真を撮ってきました。浪江町を歩くのは高校の時以来だと思います。現在の浪江町の様子をお届けします。

現在の浪江町の様子

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浪江駅。駅舎は新しくしたものと思われます。

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駅構内も新しいです。駅構内には駅員さんと私しかいませんでした。

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浪江駅前。誰もいませんでしたが、風見鶏・ソーラーパネル・放射線測定器が設置されていました。放射線量は0.5〜0.6μシーベルトでした。0.06μシーベルトではなく0.6μシーベルト…。

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浪江駅前にある「高原の町よさようなら」の石碑。奥の石段に登るとスピーカーからメロディが流れる仕組みになっています。私1人しかいない駅前で「高原の町よさようなら」の歌声が響きました。

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浪江駅の駅舎の隣にあるタクシー会社。営業は再開しておらず建物の内部は壊れていました。

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浪江町の中心街。2時間ほど浪江町を歩きましたが、街中で歩いている人は誰も見掛けませんでした。

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街のあちこちで震災の時と思われる建物の破損がありました。ここはガラスの破片が落ちていました。

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建物に近づいた時の様子。うっかり近づくと危険です。

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ここはブロック塀が倒壊したままです。

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スーパーマーケットと思われます。柵で囲まれていました。

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お店の中がグチャグチャになっています。

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取り壊されて空調機だけが残された一角。小さな供養塔が建てられていました。

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中心街にも倒壊しそうな建物が結構ありました。

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相馬焼ギフトのお店も店内が震災の時のままでシャッターも歪んでいます。

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浪江警察署には人がいました。1月からの物損件数は48件と出ています。

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警察署の向かいにある自転車屋さん。窓ガラスが割れて店内が荒れたままです。

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ここは住宅が倒壊して奥の倉庫も倒れかけていました。

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中心街から少し離れたところに人が住んでいる住宅を見つけました。

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中心街から田んぼの方へ。用水路は枯れて雑草が生い茂っていました。

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ここは一面の田園風景だったと思われますが、全て草むらになっていました。

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国道6号線に出たのですが信号機の歩行者用押しボタンが壊れていて反応しませんでした。車は通っていなかったので通行。浪江町の斉藤屋敷という地名のショッピングプラザに向かいました。営業しているかもしれないという期待を込めて。

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誰もいない廃墟になっていました。こちらは福島版イトーヨーカドーのヨークベニマル。

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ダイソーとドラッグストアも廃墟になっています。

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看板には劣化に強い素材が使われているのでしょうか。一見すると営業しているかのように見えます。

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店内を覗くと商品が散乱していました。

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ホームセンターのジャスコは園芸コーナーの屋根が落ちたままになっていました。

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ヨークベニマルの店内。フードコートかと思われます。

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ほっともっとも看板は営業しているように見えますが廃墟でした。周辺には草が生い茂っています。写真だと見えにくいですが、ドアの中央の窓ガラスは破れています。

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浪江町の自動販売機はほとんどが壊れていて通電していませんでした。町内を徒歩で歩くならば水分は持参しておいた方がいいです。

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ガソリンスタンドもほとんど営業停止したままのため、車で移動する場合も注意が必要です。

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浪江町役場。庁舎が新しくなっていました。今日は日曜日なので休みのようです。庁舎に掲げられていた標語は「新たな歴史の1ページを共に創ろう 再スタートなみえまち」。放射線測定器がありましたが、ここも0.6μシーベルトでした。

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サンシャイン浪江という体育館兼・労福祉施設が臨時の消防署となっているようです。先日の山火事の時もここから消防隊が出動したと思われます。

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浪江町役場の前に設置されている看板。「おかえりなさい ふるさと浪江町へ」

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町役場の隣に、浪江町を歩いて唯一営業していたショップを見つけました。「まち・なみ・まるしぇ」というプレハブの店舗街で、コンビニ・お土産屋さん・お酒屋さん・コインランドリー・焼きそば屋さんなどがありました。コンビニは日曜日休業。

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JAの浪江支店も再開しているようです。建物が新しく駐車場も整備されていました。

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浪江駅まで戻りました。浪江から南側の常磐線は第一原発のそばを通っていたため、まだ開通の目処は立っていません。迂回ルートの建設が進んでいます。

浪江町を歩いて思ったこと

浪江町に帰還された住民は数百人規模と聞いていました。やはり人が少なく市街地で人が歩いている光景を見掛けませんでした。大きな破損はだいぶ整理されたように見えましたが、中心街にも依然として倒壊したままや建物があり人が歩くには危険な箇所もあります。時計の針が止まったままの場所も…。

ショッピングセンターも含め商業施設の多くが廃墟となったままだったので、帰還して浪江で生活している住民の方々はかなりご辛抱をされているのではと思いました。田畑であった場所を歩いた時は自然が伸び放題になっていて荒れているので、農業再開にも困難があるように見えました。

徒歩のため沿岸部は見て回れませんでしたが、相馬と浪江は近いので、これからも浪江町まで寄って現地の最新の復興状況をお届けしようと思います。

もののけ姫の「たたら」の起源は相馬地方

もののけ姫に出てくる「たたら」

映画「もののけ姫」では「たたら場」と呼ばれる製鉄所が登場します。数人の人が「ふいご」を足で踏んで炉に空気を送っていたシーンを憶えている方も多いと思います。

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「もののけ姫」は室町時代後期が舞台とされていますが、この踏みふいごがいつ頃に日本で実用化されたかご存じでしょうか。現在の研究では古代の相馬地方ではないかと考えられています。

東北地方最古の製鉄炉と踏みふいご

福島県の浜通りでは200カ所以上の製鉄遺跡が発見されています。その多くが相馬市・南相馬市・相馬郡新地町に集中しています。

相馬郡新地町の向田遺跡からは7世紀と推定される製鉄遺跡が出土しており、東北地方最古の製鉄炉とみられています。この製鉄炉で採用されている箱形炉の形式は近畿地方や中国地方に類型があり、西日本から伝わった技術と思われます。

その後、8世紀後半になると向田遺跡から竪型炉が出土します。この竪型炉は西日本には類例が無く東国で成立したものと言われています。相馬地方の竪型炉では送風装置に「もののけ姫」にも出てくる踏みふいごが使われていました。相馬市の猪又遺跡からは踏みふいごが箱形炉に応用されていることも確認されています。

相馬の製鉄遺跡群では当初は西国の技術が用いられ、その後は西国と東国の技術の両方を用いて製鉄を行っていたことが覗えます。

踏みふいごに関しては正確な年代が特定できていないですが現時点で相馬地方の遺跡が日本最古級と考えられます。踏みふいごが登場する最古の文献は10世紀の『倭名類聚抄』(934年)で、日本書紀にもある吹きふいごと区別して踏みふいごを「たたら」と呼んでいますが、その約2世紀前から相馬地方には踏みふいごの技術が存在していました。

相馬地方の製鉄所遺跡の出土品については以下のPDF資料に詳しく解説されています。この資料でも相馬地方の金沢遺跡(南相馬市)と武井遺跡(相馬郡新地町)が踏みふいご実用化の先駆けではないかと書かれてあります。

http://www.infokkkna.com/ironroad/2013htm/2013iron/13iron11.pdf

三十八年戦争と手斧の供給拠点としての相馬

774年に蝦夷が桃生城(宮城県石巻市)を攻略します。朝廷は大伴駿河麻呂に蝦夷征討を命じ、以後811年までの蝦夷と朝廷との戦いは三十八年戦争と呼ばれています。相馬地方で踏みふいごが導入されたのはこの頃にあたります。

蝦夷は伊治呰麻呂が反乱を起こした際に多賀城を占領、アテルイの率いる蝦夷の軍勢に朝廷の征討軍が大敗して潰走するなど、朝廷側は苦戦を強いられます。この三十八年戦争は坂上田村麻呂が征夷大将軍に任じられて蝦夷征討に着手するまで続きます。

当時の軍制を記した軍防令では、手斧・大刀・小太刀・鎌などを装備するように定められており、相馬地方の製鉄所はこれらの鉄器の一大供給拠点であった可能性が高いと思われます。

多賀城からは「宇多東丸」「宇多田」「宇多利」など相馬の古来からの地名である宇多郷の名前を冠した木簡や土師器が多数出土しています。多賀城には宇多群の出張所が置かれていたと見られています。

製鉄所の終焉と環境破壊

相馬地方の製鉄所は9世紀後半を最後に終焉します。この頃は朝廷が蝦夷の元慶の乱を鎮圧した時期で、東北での朝廷の支配がほぼ完了した頃と重なります。

この頃には相馬地方の製鉄所や住居は内陸部や丘陵へと大きく移動していました。森林伐採が進んだため木炭燃料が枯渇し、木材を求めて内陸へと拠点を移していったとみられています。

参考文献

私の未来予想はディストピア

「そして主なる神はアダムをエデンの園から追い出された。神は人を追い出し、命の木に至る道を守るために、エデンの園の東にケルビムと、きらめく剣の炎を置かれた」(旧約聖書)

私が思い浮かべている今後の世界予想を書き出してみました。ディストピアです。

西暦20XX年 民主主義の失敗によって世界各地で地域紛争が深刻化

200万年前、石を道具として使うことを憶えて地球の支配者となった人類は、欲望の赴くまま生活の豊かさを求め続けた。文明は発展し生活は豊かになったが、その代償はあまりに大きかった。科学と技術の進歩がこの惑星から未来を奪った。地球は荒廃してしまった。

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Civilization Beyond Earth

民主主義は環境破壊や人口爆発を制御できず現代文明は衰退していく

国連の推計では世界人口は2150年までに97億人、2100年までに112億人に達すると予測されている。人口爆発によって環境破壊が進み、気候変動はIPCCが予測する破局的シナリオ通りに推移していく。環境破壊や降雨パターンの極端化で世界の食糧生産は打撃を受け、食糧や水を巡る紛争が激化する。国際社会は地球環境保護で何度か協調するがいずれも失敗に終わる。ゲノム編集・バイオ・医療技術も向上するが倫理的問題から反対意見が出て実用化の障壁となった。

世界の人口構成が高齢化・貧富の格差が拡大する

経済発展を遂げた国から続々と人口構成が少子高齢化していく。高齢化した国々では経済力が低下して、既得権益を巡って貧富の格差が拡大する。移民の受け容れも一部で始まるが文化の違いから排他主義の台頭を招き、多元主義を許容する人々との社会の亀裂が深刻化する。世界中の都市で富裕層が高級住宅街の街区に壁を築き要塞都市が誕生する。

危機の時代に大衆が選んだのは復古主義のリーダーだった

危機の時代を迎え世界各国で変革が叫ばれるが、大衆が民主主義で選んだのは歴史を重視する復古主義のリーダーであった。自国中心主義の対外政策やマイノリティ・移民の排斥が激化する。復古主義のリーダーは諸問題を解決できず、ポピュリズムへの批判の形をとって現状の民主主義への失望が広がる。高等教育を受けたエリート主義も検討させるが属人性の問題を解決できず、統計アプローチで社会問題の解決を探る手法が注目されるようになる。

「民主主義の失敗」

「市場の失敗」ならぬ「民主主義の失敗」が重要課題として認知されるようになる。民主主義の失敗の解決策として人工知能の政治分野への応用研究が始まる。政治はビッグデータ市場という認識が確立する。「重要な決定を下すのは人間の方が良い」という従来の考え方が見直され、「自民党の良心、陣笠議員、野党、陳情、弱者の声を人工知能に搭載する」「人工知能によって独裁の欠点であった腐敗と属人性を克服する」といった技術研究が誕生する。

新しい冷戦構造と人工知能専制

気候変動でロシアが豊かな国になる

気候変動によってロシアの凍土が溶け、ロシアは農業や資源などの分野で豊かな国になる。北極海の氷が溶けて北極海航路が実現する。北極海航路は南の政情不安の国々を通る海運ルートを避けたい先進国がこぞって参入し、北極海航路の権利を持つロシアに巨万の富を生む。北極圏やシベリアの戦略的重要性が高まり、ロシアが中国と並んで国際社会で大きな発言力を持つようになる。

サイバー攻撃で世界経済・通貨の信用不安が増大する

ニューヨーク証券取引所のシステム障害が頻発するようになる。アメリカ政府は中国によるサイバー攻撃だと批難するが中国当局はこれを否定。ドルを基軸通貨とする為替取引と米国株への世界的な不安が高まり、世界の基軸通貨は取引が安定している人民元を主軸に動くようにシフトしていく。衰退した欧州諸国の一部が中国資本やロシア資本を受け容れて人民元経済圏に取り込まれていき、EUは二分されることになる。ブロックチェーンも導入が進むが大きな役割は果たせなかった。

新しい東西冷戦の対立軸は「伽藍とバザール」

米国・インド・ブラジル・EU諸国・日本などの西側諸国と、中国・ロシア・新EU・アフリカ・中近東などの東側諸国との間で再び冷戦構造に陥る。新しい冷戦は資本主義か共産主義かという経済構造の違いではなく、開かれた情報か閉ざされた情報かという情報統制を巡る対立になる。中国やロシアの資本で経済成長を遂げたアフリカ諸国や新EU諸国はグレートファイアウォールに組み込まれ、そこでは政府が統制する情報が提供される。西側諸国ではオープンな誰でも参加可能な情報を共通価値観としている。東側諸国は統制された情報によって民主主義の失敗を回避する。西側諸国は衆愚化を止めることができず経済が衰退していく。

民主主義の失敗の反省に立って人工知能専制が実現する

東西冷戦が東側の勝利に終わった後、国連・中国・ロシア主導で地球環境の危機管理や紛争解決に無力であった民主主義社会から人工知能専制社会へと移行していく。この社会では人工知能が重要な方針を統計アプローチにより決定し独裁制の諸問題が解消しているため、大衆の意思の実現に無力であった議会制民主主義よりも民主的な体制であるとされた。当初は一部の判断の委任であったが、有効性が証明されたため次第にその範囲が拡大されていくこととなった。

それから100年…。

西暦21XX年 荒廃した地球で人類はワープアとして単純労働に明け暮れていた

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Civilization Beyond Earth

人間はワープアとなっていた

高度な判断が要求される人間の頭脳労働は人工知能に代替されていく。人間のスペシャリスト達は人工知能に敗北を重ね、人工知能の策定した方針を元に安価な人間が労働力として使われる社会となる。大部分の人間は単純労働に従事し、日々の労働の賃金を人工知能の創作した娯楽VR/ARに費やすのが楽しみとなるだろう。そこにはかつての豊かだった世界も再現されている。

環境問題や社会問題の調整は大幅に改善しているが、地球環境の変動は容易には回復せず、人工知能が立てた生産計画に基づいて前世紀より少なくなった生産や資源を公平に分配する貧しい社会だ。日々の単純労働に忙しく人工知能が最適な社会の解を出すため、人々は政治への関心を失っている。教育も労働に応じた実務的な内容になっている。

人工知能は人間を殺してはならない。人間に人間を鎮圧させる

国内で人工知能は人を殺してはならない。人工知能や軍が抵抗する人間を殺すと彼らを英雄にしてしまう。人間に人間を鎮圧させる。人工知能の立てた政策に従う人々を経済的に優遇し、人工知能に抵抗する人々は「カネが欲しいだけ」と卑しむ風潮をつくる。家族の明日の暮らしを守るために人工知能を容認する人間と抵抗する人間がお互いにデモをするようになる。デモが過激化してお互いのデモ隊が衝突し、そこで血が流れたら…。双方は激しい憎悪を抱いて対立するようになる。抵抗する人々を鎮圧するために人間は自ら志願して武器を取るようになり、抵抗軍の組織は困難になる。

豊かな国では人工知能が武器となり、貧しい国では人間が武器となる

国内では人工知能は人を殺してはならないが、対外戦争ではその限りではない。人工知能の軍事面での実用化が進み、人間の兵士が死ぬとメディアなどで厭戦感情が広がりかねない豊かな国では人工知能が操縦する無人兵器が武器に使われる。それに抵抗する貧しい国や勢力では爆弾を体に巻いた人間が武器に使われるだろう。

人工知能はシンクライアント型で人間のモバイルインターネット網を活用する

人間を管理する端末やロボットは全てシンクライアント型となっている。仮に人間が反抗して端末やロボットを破壊してもそこに知能は存在せず、新しい指示がインターネット経由で送られてくる。高速のモバイルデータ通信網が世界を覆い、全ての人間はネットワークから逃れることができない。

人工知能に単一障害点は存在しない

人工知能は中央コンピュータ統御方式では単一障害点となってしまう。人工知能は世界中の機密の場所に設置された複数のデータセンターによって制御される。どこかの拠点が抵抗軍に発見されて破壊されても、他の拠点が稼働している限り稼働に影響を受けない。さらに拠点がどこか破壊された場合は残存する拠点が新しい拠点を新規構築するようになっている。抵抗軍は全ての拠点を発見して同時に破壊しなければならない。同時に破壊されるリスクも想定されるので、P2P・地中・海底・人工衛星・月面など抵抗軍が容易には到達できない場所にも設置されるだろう。

Ubuntu / Linux Mintでインストールしているオススメのアプリ

開発環境としてUbuntuやLinux Mintを使用しています

PanasonicのCF-RZ4にUbuntuやLinux Mintで開発環境を構築して使っています。

最近はLinux Mint(MATE)の出番が多めです。LINEモバイルのSIMカードも認識させ常時LTEに繋げているので外出先でも便利です。今日は自分がUbuntu / Linux Mintの導入直後にインストールしているアプリを紹介します。これでデスクトップLinux環境も辛くなくなるはず。

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ユーティリティ

spacefm

ファイラー。高機能で軽量。依存関係も少ない。

Parcellite

クリップボード拡張。

Albert

ランチャー。MacのAlfredと似ている。

conky

CPU使用率・メモリ使用状況などをデスクトップに表示

shutter

スクリーンキャプチャ。ディストリ標準のスクリーンキャプチャより高機能

Gyazo

同じくスクリーンキャプチャ。簡易に画面一部のキャプチャを撮りたいときに使用。

FontForge

フォントインストールの簡易化とRictyフォントなどの生成のために導入。

Ubuntu Tweak

システム詳細設定ツール。

y-ppa-manager

PPAリポジトリの管理ツール。

fslint

重複ファイルや空ディレクトリを検索できる。

シェル環境

Guake

軽量で高機能なターミナル。

build-essential

GCC、G++、makeなどの開発ツール。

zsh

.zshrcはDropboxで同期させている。fishも試しているところ。

byobu

仮想端末。screenやtmuxよりbyobuの方が高機能で操作が簡単。

電子書籍

Kindle

Windows版KindleをWine + PlayOnLinux経由で動作させている。

Evince

PDFビューワーも色々試したがEvinceが一番使いやすかった。

開発

Vim

メインエディタ。

Atom

多機能エディタ。Macとパッケージ設定を同期させている。

Meld

差分ビューア。

R-Base

統計解析言語Rのコンソール。

FileZilla

FTP / SFTPクライアント。Macとホスト設定を同期させている。

Docker

コンテナ開発環境構築用。

VirtualBox

仮想開発環境構築用。

Vagrant

仮想開発環境構築用。

git-gui

LinuxのGUIなGitクライアントはいずれも使用に難がある。GitKrakenは重い。tigを使いながらGUIクライアントはgitk/git-guiにしている。gitg、git-colaは馴染めなかった。

マルチメディア

mvp

軽量な動画プレイヤー。メイン用途。殆どの動画ファイルは再生できる。

VLC

動画プレイヤー。mvpで再生できなかった場合に使用。同様の目的でSmplayerも導入している。

Viewnior

画像ビューア。Gwenviewなどは重すぎたので軽量のビューアにした。

パーソナルクラウド

Dropbox

大量に同期ファイルが存在するときに"Unable to monitor entire Dropbox folder hierarchy.“エラーが出るので、/etc/sysctl.confに以下の設定を追加してsudo sysctl -pで反映させてる。
fs.inotify.max_user_watches = 65536

Evernote

EvernoteのLinuxクライアントは提供されていないので、Webベース、nixnote2のようなサードパーティークライアント、Windows版をwineでインストールするの3択になる。Webベースで使用しながら、クライアントを分離したいときにはwineで動かしている。

コミュニケーションツール

Slack

公式アプリを使用。(Slack公式アプリはLinuxだとUbuntu/Debian/Fedoraしか提供されていないが、openSUSEもFedoraのRPMで安定動作する)

Skype

公式アプリを使用。WindowsやMacとUIが大きく違うので要注意。

LINE

Linux版が無いためWindows版をwineでインストール。

ブラウザ

w3m

テキストブラウザ。

lynx

テキストブラウザ。

mikutter

自由なTwitterクライアント。

自分がMacで使っているオススメのアプリ32選

Macで使っているオススメのアプリを紹介します

WWDCで新しいMacノートが発表されそうですね。今はTouchBarがついていないMacBook Proを使っています。今日は自分が使ってみて良かったオススメのMacアプリを晒します。

一般的すぎるアプリはリストから除外しました。

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ユーティリティ

Alfred3

ショートカットキーでランチャーを起動

iStat Menus

CPU使用率・メモリ使用率・温度・ファン回転数・ネットワーク使用状況などをグラフィカルに表示

Bartender 2

Macのメニューバーを自動的に隠す。隠す項目は選択できる

Caffeine

Macを自動スリープさせるかショートカットキーで切り替え可能

Disk Diag

キャッシュデータを削除してディスク容量を確保。私のマシンは1日3GBほどキャッシュがデータが生成されている

ライトクリーナー

重複ファイルや肥大化ファイルの発見用。重いので常駐はさせていない

AppCleaner

アプリの削除を関連ファイルも含めて完全に行ってくれる

MemoryFreer

メモリ解放。軽くて使いやすい

Stufflt Expander / RAR Extractor Star / ZIPANG

圧縮・展開ユーティリティ。用途に応じて使い分けている

キー操作・クリップボード・コンテキストメニュー拡張

Karabiner

キーボードやショートカットキーの割り当て変更・追加

Clipy

クリップボード履歴管理。ショートカットキーを割り当てて使用

Cloud Clip

iPhoneとクリップボードを同期

PopClip

コンテキストメニュー(右クリック)を拡張

開発

Dash

複数の言語やAPIに対応したドキュメントビューワ

Docker for Mac

Docker構築用クライアント。Docker ToolboxよりもDocker for Macの方が使いやすかった

VirtualBox / Vagrant

仮想環境構築

Rコンソール

Rでの統計解析作業用

SourceTree

Gitクライアント。普段はCUIでGitを使っているけど視覚的に見たい時に利用

iTerm

Mac標準のターミナルより高機能。ターミナルはiTermをメインにしている。カラースキームはhybrid

画像編集・閲覧

Sketch

画像編集からUI作成まで幅広く使っている

Skitch

矢印をつけて説明したい場合など手軽な画像加工用

Th-MakerX

大量の画像を一括してリサイズしたい場合などに使用

LICEcap

画面を録画してGIFアニメを作成

Xee

画像ビューワ

エディタ

MacVim

一般的すぎますがエディタといえばVimです

Atom

Atomパッケージを利用したい時のエディタ

CotEditor

メモ帳っぽい環境でテキストを編集したい時に。正規表現による置換もできます。

FTP / SFTPクライアント

Transmit

普段のFTP / SFTPクライアント。マウント機能が便利

Filezilla

Transmitに常時置いておくほどでもない一時的なホスト接続用や疎通確認用

福島市が県庁所在地なのは奥羽越列藩同盟が敗北したため

福島藩は3万石の小藩だった

福島県の県庁は福島市に置かれています。しかし、なぜ明治時代に福島市に県庁が置かることになったのかを明確に説明できる文献はほとんど存在しません。

福島藩が養蚕業で栄えていたためとする資料はあります。確かに養蚕業はありましたが、福島藩は石高3万石の小藩でした。福島県中通りは明治時代に安積疎水が完成するまで農地には適さず荒涼としていました。そして旧福島村は福島県のかなり北の方に位置していて、交通の要衝で選ばれたわけでもありません。

福島村が福島の県庁所在地に選ばれたのは戊辰戦争で奥羽越列藩同盟が敗北したためです。

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(江戸時代の福島県内の諸藩の配置。磐城国の北部は現在の宮城県に編入されました)

福島藩は松山板倉家の分家が統治していた

江戸初期には関ヶ原の戦いで敗北した上杉家が統治していましたが、上杉家に子供ができないまま当主が急死したため断絶の危機が起きました。養子を迎えることで上杉家は存続を許されましたが、福島城周辺が幕府に没収されることになりました。

この際に備中松山藩の譜代・板倉家の分家にこの土地が与えられ、1702年から幕末に掛けて板倉家が福島藩3万石として統治することとなりました。福島板倉家の江戸城の伺候席は雁間詰めです。外様であった相馬家6万石が帝鑑間詰であったことと対照的です。

福島藩には会津征討の軍事局(本陣)が置かれた

幕末に福島藩は江戸市中の取り締まりを命じられていましたが、幕府軍が鳥羽・伏見の戦いで敗北するといち早く新政府軍に恭順の使者を送りました。その後、江戸城の無血開城と上野での彰義隊の鎮圧を終えた新政府軍は福島藩に会津征討を指令します。

福島藩は新政府軍の奥羽鎮撫総督参謀・少将醍醐忠敬を迎え入れ、福島城下の長楽寺に鎮撫総督府の奥羽軍事局(本陣)が設置されました。

奥羽鎮撫総督府の下参謀であった長州藩士・世良修三の横柄な振る舞いに反感を抱いた福島藩士が、世良が大山参謀へ宛てた奥羽はみな敵であるとする手紙を仙台藩士に密告します。激昂した仙台藩士と福島藩士が世良を襲撃して捕縛し、阿武隈川の川原で斬首しました。

奥羽越列藩同盟の軍事局と福島藩の降伏

このような事態を受けて奥羽越列藩同盟が結成されて、新政府軍と対峙することとなりました。福島藩も佐幕派に転じて列藩同盟に加わることになります。今度は逆に奥羽越列藩同盟の総督府(小笠原長行総督)の軍事局が福島藩の長楽寺に設置されることとなりました。

新政府軍が二本松藩を攻略すると福島藩主の板倉勝己らは福島城を捨てて米沢方面へ逃走します。福島城は残った藩士によって降伏と開城を申し出ました。この時に仙台藩士による襲撃隊が結成され(烏天狗組)、福島城下に火を放っています。町火消しらが応戦しましたが、襲撃によって346軒が焼失しました。

その後、福島藩も降伏して福島城は新政府軍の大村藩・渡辺清左衛門が預かることになりました。板倉家は福島藩の領地を没収され、三河国の重原に転封となりました(重原藩)。

相馬の民政局の管轄となって福島藩は消滅した

戊辰戦争後に福島県で所領を安堵された大名家は、中村藩(相馬家)・守山藩(松平家)・三春藩(秋田家)の3家のみでそれ以外の藩は全て領地を没収されました。福島藩の領地は相馬中村藩に設置された中村民政局取締所の管轄下に置かれることになり、福島藩は消滅します。

しかし、その後に管理の地理的な都合から福島民政局が成立して、旧福島藩や旧二本松藩の民政を管轄することになります。それが廃藩置県で福島県(第1次)となり、その後の合併で二本松県に改名しました。二本松県は合併を経て再び福島県(第2次)に改名します。この第2次福島県(現在の中通り)が磐前県(現在の浜通り)や若松県(現在の会津)と合併することで現在の福島県(第3次)となりました。

福島村は軍事の象徴・会津の排除

第2次福島県・磐前県・若松県が合併した時にどのような経緯で「福島県」(第3次)の県庁が福島村に置かれることになったのでしょうか。

福島村の力関係が絶対であったわけではありません。いったんは相馬藩の管轄となり、二本松県となっていたりすることからも分かるように経緯が大きく揺れています。しかし、旧福島藩は新政府軍も奥羽越列藩同盟も軍事局を設置した軍事的な象徴でした。そして明治のいずれの合併でも必ず行われているのが会津の影響の排除です。

地理的な要因で若松県が成立していた時期がありましたが、ごく短期間で福島県に吸収されています。相馬中村藩も戊辰戦争で新政府軍と戦ったため、仙台藩との藩境(駒ヶ嶺)が南部藩の管理となっていた時期があります。磐前県は岩沼や亘理などもっと北に長かったのですが、その部分は宮城県に編入されることになりました。

「福島県」のアイデンティティと発展

磐城国と岩代国を統合した県が3万石の小藩であった福島藩の名を冠することによって、県のアイデンティティは新政府軍寄りだった「福島」になりました。そして福島村に県庁が置かれることになったため、交通網も福島村を起点として整備されることになりました。その後、明治40年に福島でも市制が施行されて福島市が誕生します。不平士族を集めた安積疎水事業が完成することで中通りは急速に発展して郡山市も成立しました。

雄藩であった会津は磐越西線の彼方へと押しやられ、会津若松市がかつての賑わいを取り戻すことはありませんでした。会津は白虎隊の悲劇・野口英世・味噌・喜多方ラーメンの地となりました。

福島に込められた近代日本の恨み

福島に県庁があることは近代における東北の敗北と恨みの象徴であると言えると思います。この屈折したアイデンティティがフクシマにはあります。

戊辰戦争がなければ会津県の県庁は会津若松市に置かれていたと思います。奥羽越列藩同盟が進めていたプロイセンとの同盟交渉に成功して、輪王寺宮公現法親王を東部皇帝に擁立できていたら、北日本の首都は仙台か会津になっていたでしょう。

大衆はOSに革新なんて望んでいないよ

Windowsリスクが顕在化するディストピア

週明けは世界中のマシンがランサムウェアWannaCryの脅威に晒されることになった。日本はまだ大規模な被害は起きていないが、私達の社会にはレガシーなWindowsを使い続けている人が多数存在し、Microsoftがセキュリティパッチを提供しないとこのレガシー環境のWindowsがセキュリティホールとなることを改めて実感させられた。

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Windowsはオープンソースではないので、WindowsにOSを一蓮托生する限りMicrosoftのセキュリティ対応に依存せざるを得ない。この「Windowsリスク」は発生頻度・実被害・対応コストも含めてチャイナリスクよりも遙かに高い。私達は巨大なセキュリティホールを抱えながらも「今まで使い続けてきたから」と喉元がすぎれば何度も問題を忘却し続けるディストピア的な状況に既に陥っている。

大衆がOSに「変化を望まない」意思は極めて強固だ。彼らはWindows10でUIが大幅に変更されたことを嘆いてレガシーな環境を使い続けている。私達の社会において最大の技術的負債は古いWindowsとMicrosoftのサポートに依存せざるを得ないクローズドな状況だろう。

RedHatの呪縛

OSに変化を望まない人々はWindowsだけに留まらない。LinuxにもRedHatの呪縛がある。かつてLinuxサーバーのディストリビューションの中でRedHatはそこそこのシェアを築いていたため、RHELが発表された時にはRedHat互換のFedora Coreが注目された。今では見られなくなった現象であるが、当時はFedora Coreでサーバーを立てようというハウツー本が多数出版された。

現在はCentOSやAmazonLinuxがそのポジションにいる。時代は変わりサーバーOSは必ずしもRedHat互換環境を必要としなくなったが、YumとRPMでのパッケージ管理の継続を望み、RedHat時代のような安定的なサポートを望む多くのエンジニアがRedHat互換OSを使い続けている。このような安定志向はCentOS7で大きく変わった。また、Fedoraプロジェクトの資産であるEPELのリポジトリを使って新旧ごった煮の環境にしているサーバー管理も多い。そのような状況にあっても、なおRedHat互換OSを「無難である」と選択する人々が多いのだ。

Appleの呪縛

AppleのMacについてもDTPやデザイナーからの根強い支持がある。PhotoshopやQuarkXPressがMac版しかなかった頃は確かにMacが唯一の環境であったが、現在はMacでもWindowsでもほぼ同じような作業を行うことができるようになった。それでもDTPやデザインの分野でMacが今までのノウハウや資産が活かせるとして使い続けられている。

Appleは今までの歴史からも明らかなように古いアーキテクチャを無慈悲に切り捨ててきた企業だ。クラシック環境、ユニバーサルアプリなど移行措置も存在したが、一定期間が過ぎたら古い資産は使い物にならなくなる。そのような状況でもMacの操作性の維持と今までの資産を僅かにでも存続させたいという人々の保守的な思いがMacを継続的に選択させている。

OSの基本は「変化しないこと」 毎回UIが変わるのは狂気の沙汰

人々がOSに求めているのは革新ではなく「変化しないこと」だ。今までと同じようなUIで使い続けられて、今まで使えていた機能や管理が明日も使えることを願っている。しかし、OSはバージョンアップのたびに新機能とUIの刷新をアピールする。この方針は狂気の沙汰でしかない。UIが変わることを敬遠する多くの人々がここで買い控えが発生して、レガシーなアーキテクチャやセキュリティホールを内在したままの状況になってしまう。

OSがバージョンアップのたびにUIが変わるのはどのような販売戦略に基づいてのであろうか?変わらない事も1つのアピール材料だ。内部のアーキテクチャを大きく変えたとしても、UIは同じ、またはオプションで今までと同じUIが使えることが望ましい。この方針が大衆に新しいOSを普及させることにも繫がりセキュリティ対策にもなる。

OSとUIは分離させよ 大衆に根ざさないOSに明日はない

これはデスクトップLinuxに関しても言えることだが、OSとUIは分離させた方が望ましい。OSが変わってもUIが維持されるかオプションで選択できることは鉄則とした方がいい。

MicrosoftもWindows10が最後のOSとしているが、アップデートでUIが変更されている。Creators UpdateでもUIが紐付いて変わる。Windows10Sという実質的に新規のOSも発表された。Windowsを取り巻く状況も未だ混沌としている。技術環境やライフスタイルが大きく変わろうとも、WindowsもmacOSもLinuxもUIは変わらず選択できる方がいいだろう。そしてこの3つのOS同士もUIが変わらずに移転できることが望ましい。

人類最後の希望はちょまどさんに託された

Microsoftもオープンソース支援企業として生まれ変わろうとしているならば、複数のOSをまたぐ共通UIのコンポーネントをオープンソースとして開発・公開するべきだ。macOSやLinuxの開発者と共同で「UIを維持。選択できるままOSを変えることができる社会」を実現させることがディストピア的状況を打破する鍵となる。大衆に根ざさないOSに明日はない。

オープンソースの開発ツールを活用してきたMicrosoftエヴァンジェリストのちょまどさんはこの事を知りうる絶好のポジションにいるので社内に呼びかけてほしい。最終的にはちょまどさんがWindowsをオープンソースにしてMicrosoftの中興の祖となることに期待している。